場地伸博の異変

 

最初に違和感を感じたのは火曜の朝。

いつものように待ち合わせ時間の5分前にポストの横で待つ。

…少し涼しくなった朝の風が俺の髪を撫でていく。

時々目の前を通過する同校の生徒を見送りながら待っていると、いつも通り、待ち合わせ時間から5分以上経ってようやく伸博が現れた。

「おっはよ!」

いつものように手を振って肩に手を置くだけかと思いきや…、

「なっ…!?」

タックルをかます勢いで抱き付いてきた。

運がいいのか悪いのか、後ろにあった電柱に頭をぶつけて、アスファルトへ倒れこむことを免れる。

「…つぅ…」

「あ!ご、ごめっ…!」

「いい。気にするな。…それより、一体どうしたんだ?」

伸博は俺が辛い時や悲しい時に抱き締めて慰めてくれるが、なんでもない時にいきなり抱き付くような奴じゃなかったと思うんだが…。

「んー…、何か分かんないけど、ネットを見てると、物凄く『大好きだー!!』…って気持ちが湧いてくるんだよ。」

「そ…、そうなのか…?」

「うん。」

俺は伸博が好きだから、伸博に好かれるのは悪く思わない。

が、そう思う原因が分からないのはスッキリしない。

「とにかく学校へ行くぞ。急がないと正門を閉められる。」

「あ、うん!」

俺達は少し早足で歩き始めた。

もし、原因が本人に無いとしたら…?

俺には真っ先に疑うべき人物がいた。

 

「おい、譜面。」

休み時間、いつも居るであろう化学準備室の戸を乱暴に開けると、譜面が何処かで拾ったらしい子猫に餌を与えていた。

「…何だ?…さてはこの子猫を触りに来たな…?」

「確かに俺も猫は好きだが、アンタ程じゃない。」

「…じゃあ…、俺の敵だな…。」

「いいから、話をややこしくするな。…少し聞きたいことがあっただけだ。」

俺は適当に低い棚の上に腰掛けた。

譜面は子猫を大事そうに腕の中に抱いている。

「伸博に何か仕組んだだろ?」

何か急な変化といえば、譜面が何か仕組んだと思っていいと思う。

それぐらい、譜面は校内の人間を使って…特に俺や伸博を使って何かやらかす。

「ふむ…、気付くのが遅かったな。即効性ではなかったか…。」

「伸博に何かしたんだな?」

詰め寄ると子猫が譜面の腕からスルリと逃げた。それを譜面は目で追いながら答える。

「なに、お前と伸博の仲をより親密にしようとしただけだ…。

 先週の中頃に奴に薬を混ぜたお茶をやったんだが…、少々薬の効果が遅かったようだな…。」

まったく…、余計なことをしてくれる。

「俺は伸博と一緒に居るだけで楽しい。それ以上は伸博自身が本心から強く望まないなら俺も望まない。

 アンタの細工で伸博が俺に『好きだ』と言っても、俺は全然嬉しくない。

 …だから、伸博を使って勝手なことをするな。」

言うだけ言って、俺は準備室を出ようとした。

どうせ譜面のことだ。時が経てばまた何かやらかすだろう。

「…ネット。」

「何だ…?」

譜面に呼び止められ、少しだるそうに返事をする。

「薬の効果が現れるのは遅かったが、効果が切れるのは早いだろう…。実験用だから早く切れるよう作ってある…。」

「それでも…、今後一切伸博を使って実験するな。」

…俺は静かにキレていた。

 

放課後、俺しかいない美術室にいつものように伸博がやってきた。

「今日はテスト期間中だから部活休みなんだ!ネットは部活…じゃなさそうだな。」

「ああ。誰も来ないことをいいことに試験勉強に使わせてもらっている。」

「あ…、じゃあ俺居たら邪魔になるかな…?」

「いや。伸博も一緒に試験勉強するのなら問題無い。」

「あー…、そーゆー…。」

伸博はガックリと頭を垂れながらも、隣の席に座って教科書とノートと筆記用具を出した。

「んじゃ、静かにしてるから、済んだら言ってくれな?」

「ああ。」

伸博はニッと笑うと表情を引き締め、教科書を見ながら問題を解き始めた。

教科は苦手な数学らしい。ペンはよく止まったが、それでもノロノロと解き進めているようだった。

俺はというと漢字を何度もノートに書いて覚えていた。

斜め前に二年の教室があるものの、手洗い場に行く以外通ることの少ない美術室前は静かだ。

テスト前で部活が無いせいもあって、時計の秒針の音がよりはっきりと聞こえた。

 

…ふと時計を見るともう五時をまわっていた。

外も徐々に陽が傾く時間が早くなってきている。

「伸博、そろそろ終わりにするか。」

「ん。分かった。…あー!結構進んだかもしれない!」

「それは良かったな。」

伸博は途中から問題に飽きたのか、試験範囲の公式を何度も書いていたらしい。

ノートにいくつかの公式がびっしりと書かれていた。

これだけ書けばテストの時にも覚えているだろう。

「なあネット、ちょっと聞いていい?」

その言葉で俺はドキリとした。

「…何だ?」

片付けをしていた手が止まり、動けない。

「ネットは、今俺がネットのことを恋愛って意味で大好きだ…って言ったら、困る?」

かなり言葉を選んだような質問。

「…今は…、困るかもしれない…。」

本心だったらこれほど嬉しいことはない。だが、今は…

「じゃあ…、もし俺が譜面の薬飲んでないとしたら?」

「……は?」

飲んでない…?というか、何故そのことを…?

「俺、ネットが好きだからどう伝えようかと思って、譜面に相談したんだよ。

 そしたら色々案を出してくれてさ…」

「それで…、薬を飲んでしまったフリを…?」

「あはは…。ビックリしたろ?ややこしくしてゴメンな。」

…俺の中の熱が上がっていくのを感じる。

鼓動も、早い。

「だから…、もしOKだったらちょっとの間抱き締めさせて?」

伸博の両腕が大きく開かれる。

なんだか夢を見ているようなフワフワとした気分だった。

入学した頃は『友人として好きだ』と言ってくれた伸博が、二年後に俺を『恋愛の意味で好きだ』と言うなんて…。

「…取り消しは認めないからな…。」

伸博に体を委ねれば、力強く両腕で抱き締められた。

お互い、その温もりが現実であることを確かめるように身を寄せ合った。

 

後日、俺は化学準備室を訪れていた。

「…今回は特別だからな。」

そう言って弁当の包みを渡すと、譜面はニヤリと笑った。

「その後は順調か…?」

「順調というか…、少し密着するようになった程度でそんなに変化は無いな。」

「なんだ、つまらん。」

人の恋愛につまらんと言われる筋合いは無いんだが…。

「まあ、ようやく恋仲になったことはおめでとうと言っておくか…。」

「俺は感謝の言葉なんて述べたりしないからな。」

「…可愛くない奴だな…。」

休み時間終了のチャイムが鳴る。

渡したらすぐ戻るつもりだったが少し長居したらしい。

「じゃあ、俺は戻る。」

俺は慌てて自分の教室へと駆け出した。

テスト前の今、放課後になれば伸博がまた美術室にやってくる。

それが楽しみで、俺の足は弾んでいた。

 

 

【昼休みの譜面】

「おっ、譜面が弁当なんて珍しいな!」

「あ…、兄さん…。ネットに貰った…。」

「ふーん?俺もネットから貰ったのを開けてみるか。…あー…、御飯の部分は何もナシかー。寂しいなー。」

「…あ。」

「ん?」

「御飯と御飯の間におかかでハートマーク作ってた…。」

「あー!!よく見たら俺の弁当も!!」

「…ツンデレ…?」

 

 

 

*コメント*

場地ネトの始まりです。うわーお、久々の文章だからかネットが乙女すぎた;;

譜面Tをキューピッドにしてみました。譜面Tは指揮Tがフリーになるんなら縁結びに協力しそうです。

場地ネトだと普段からネット好き好きーって言ってる伸博がいくら告白しても、

ネットがはいはいって流してしまうようなことが考えられるので、

ちょっとドッキリを仕掛けていつもと違う感を出すのが重要なのかも、と思いました。

 

…一見日の丸弁当かと思いきや、御飯と御飯の間でハートマークとか作ってるツンデレ弁当(勝手に命名)、何か流行らせたい…(え)

 

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