片足のPOLICE(これから)

 

…体がダルい…。

横になったままずっと考えてた。

村形さんの事を、ずっと…。

仕事頑張ってんのかな…?

若い人(村形さんもそこそこ若い方だけど)達に頼られてんのかな…?

…俺が居なくて、困ってんのかな…?

「村形さん…。」

村形さんが居なければこんなに弱い自分。

迷惑かけっぱなしで、どうにかしたくて頑張ったのに…。

「…ゴメンナサイ…。」

自分の弱さに涙が溢れてきた。

普段ならこんな事で泣かないのに…。

今までだって機械課に入るまでは一人だったのに、寂しさでこんなに泣けてしまうのは、

大丈夫だと自己暗示をかけても片足を失った不安が消えないから。

少しでも村形さんと一緒に居て不安を消し去りたくて無理をしてたのに、逆に離れてしまうなんて…。

 

ピリリリッ…ピリリリッ…

 

携帯のデフォルト着信音が鳴り響いた。

番号はよく知る人の番号で、俺は慌てて電話に出た。

「も、もしもし…?」

『…彰か?』

村形さんの声を聞いた途端、次から次へと涙が溢れてきた。

「…村…形…さん…?」

『彰…?どうした?大丈夫か?』

心配そうな声に俺は慌てて布団で涙を拭った。

「だ…大丈夫…。ちょっと今…何か気持ちが安定しないみたいで…。」

村形さんの声を聞いて安心したり、寂しくなったり、また不安になったり…。

俺の顔はもうボロボロになってるだろうな。

『…今そっちへ向かってる所だ。また一緒にパトロールに行かないか?終わったら外食も考えてるんだが…。』

優しい声が耳に入ってきて心地良い…。

…でも、片足失ってから一緒にパトロール行く事渋ってたのに、何で今…?

「村形さん…一体突然何なワケ…?」

『お前が勝手に約束したんだろう?退院したら一緒にパトロール行こうって。…約束忘れてすまなかった…。』

…村形さん…、あの約束本気にしてくれてたんだ…。

アレは俺がリハビリ頑張るために一方的にした約束だったのに…。

「村形さん…、俺、大丈夫だよ…?明日には元気になるから…」

『とりあえず今日は付き合え。…もう着いた事だしな。』

ガチャリとノブを回す音。

続いて村形さんの影。

俺は慌てて通話を切って上半身を起こした。

「お…、おかえりなさい…。」

何も言わずに村形さんは俺をギュッと抱き締めた。

さっきまで泣いてしまうくらいに不安になっていたけど、村形さんの温もりに安心して、俺は村形さんに身を委ねた。

「寂しかっただろ…?」

「…一応、一人には慣れてる筈なんだけどね…。」

「まったくお前は…。」

大きな手が俺の頭を乱雑にクシャクシャと撫でた。

「それで…、パトロールには行けるか?」

「うん。…色々迷惑掛けてゴメンナサイ。」

村形さんは俺をお姫様抱っこしながら、「別に迷惑と思った事は無いんだがな…」と呟いた。

村形さんが運んだ先にはポリスのような丸いロボットがチョコンと立っていた。

「村形さん…コレ…」

「高松が用意した介護ロボットのハナだ。車椅子になるから移動が楽になるぞ。」

ハナはペコリとお辞儀した。

「介護ロボットのハナです!これからよろしくお願いします!」

高松さん…、こんなのまで用意してたんだ…。

俺はハナに笑いかけた。

「うん。これからよろしく。」

ハナは「じゃあ」と言って早速車椅子の形になった。

村形さんが俺をハナに乗せてくれる。

「彰を俺の車のトコまで運んでくれ。」

「了解しました!」

初めて人を乗せるのが嬉しいのか、ハナは大張り切りで俺を乗せて階段を下りる。

村形さんの車は近くの駐車場に停められていて、先に村形さんがエンジンをふかして待っててくれていた。

車に着くと再び村形さんが抱っこで助手席に乗せてくれた。

「…入ってきた頃に比べて随分大きくなったな…。」

「育ち盛りの食べ盛りだからね。」

「俺もいつまでこうしてお前を抱き上げる事が出来るんだろうな。」

「まだ35歳でしょ?若いって!」

村形さんは苦笑いして助手席側のドアを閉めた。

 

パトロールが始まると流石に村形さんに甘える事は出来ない。

運転の邪魔しちゃいけないからね。

その間、大人しく窓の外を眺めながら不審者を探す。

でも、どんなに目を凝らしても不審者は見当たらなくて、

代わりというワケではないけども、急に意識が遠退いて、村方さんの方に頭がぶつかった。

「彰…?大丈夫か?」

「あ…、うん…、ゴメンナサイ…。」

「少し休憩するか。」

そう言って適当な駐車場に車を停めた。

「何か食べたいものあるか?」

「んー…、冷たいものがいい…。」

車の中の熱で少し気分が悪いだけかもしれない。

冷房をつけていても暑い。…熱でもあるのかな…?

同じ事を思ったらしい村形さんの掌が俺の額に触れる。

「…熱は無さそうだな。アイスでも買って来る。」

村形さんは俺とハナを車に残して駐車場から出て行った。

「村形様は優しいですね。」

ずっと黙っていたハナが声を掛けた。

多分、さっきまでは仕事中だと判断して声を掛けなかったんだと思う。

「うん、優しい。」

仕事中は厳しいけど、頑張ったら褒めてくれるし、プライベートでは甘えさせてくれる。

「…マスターは村形様が好きなんですね。」

ハナの言葉にドキリとしたが、本当の事だし頷く。

「…うん。大好き。」

これが今一番素直な気持ち。

でも、その思いの裏側にはいつも村形さんの娘さんである結実ちゃんの存在があって、

結実ちゃんの為に俺が何度も村形さんの優しい気持ちを遠慮してきた。

仕事中も村形さんが皆から慕われてるのを知ってたから、どんな我侭も飲み込んでた。

「多分…、今回は我慢出来なくって爆発しちゃったんだ。いつもなら我慢出来る事…なの…に…。」

外へ顔を向けるとそこには黙ってこちらを見ている村形さんがいた。

窓が開いている。

…絶対、聞かれた…。

「む…、村形さん…。おかえりなさい…。早かったね…。」

「すぐそこの店だったからな。」

カップに入ったアイスを渡される。中はバニラとチョコとバナナの3種類のアイスで、ウエハースが2本付いていた。

運転席に村形さんは戻ると、珍しく煙草に火を点けた。

村形さんが煙草を吸う時は大概怒ってる時。

…あの言葉で絶対怒ってる…。

何て声を掛けたらいいか分からず、とりあえず貰ったアイスを口に運んだ。

溜め息のように吐き出される煙が胸を締め付ける。

溶けるまえに食べきったら、まだ村形さんは煙草を吸っていて、

気を紛らわせるものが無くなった俺は泣き出しそうになる喉を詰まらせて声を殺していた。

大好きな人の傍なのに息苦しい…。

…村形さんに聞こえたらいいのに…。ズキズキと痛むこの音が…。

「ふー…。」

ゆっくりと煙草を味わった村形さんがこちらをチラリと見た。

思わずビクリと肩が揺れてしまう。

「…そんな入った頃みたいなリアクションするな。」

「ご、ゴメンナサイ…。」

「だから…、もっとリラックスしろって。」

頭をガシガシを撫でられる。

「我慢強いのは結構だが、泣くのまで我慢する必要は無いぞ。」

俺がしていたシートベルトを外して、肩をグッと引き寄せる。…丁度顔が村形さんの胸に当ってる…。

「これは…、そういう事なんだよね…?」

「あぁ。」

まるで餌を待ち続けていた犬が『よし』の号令と共に餌にがっつくように、目の奥から抑え続けていた感情が込み上げてきた。

「うっ…、ううぅぅ…!!」

村形さんの腕の中が温かい…。

ずっとこうしたかった。

今は亡き両親の代わりに、こうやって寂しい時に抱き締めてくれるのをずっと待ってた。

でも、そのポジションは本来は俺でなくて結実ちゃんで、

俺はずっと遠く、見えないところからそれを羨ましそうに見ていた。

やっと…、願ってた愛情に触れられたって感じがする…。

「俺っ…、ずっと寂しかった…!」

一番素直で単純な本音を口にした俺を、村形さんはきつく抱き締めて頭を撫でてくれた。

「…何で我慢してた?」

優しい低音がたまらない。俺は胸を落ち着かせてからゆっくり口を開いた。

「村形さんが大好きだから…、迷惑掛けたくないし…、困らせたくないし…、怒らせたくないから…。」

「そうか…。だが…、」

俺の前髪をかき上げ、額に唇をくっ付けた。

「…そういう迷惑掛けたくないとかってのは年寄りのいう言葉だぞ。」

次は涙で濡れてる瞼に。

「今はうんざりするくらい迷惑かける方が正常だ。」

次に頬。

「村形さ…」

言い終わらないうちに唇に…。

「…分かったらもうそんな事でウジウジ言うな。寂しかったら言ってくれれば急用が無い限り傍に居てやる。」

優しく微笑む村形さんが夢でないと見れないくらいレアで、俺は夢じゃないかと今を疑いたくなる。

でも、まだ熱い唇が本当だって事を頬を抓る前に教えてくれる。

「…うん。」

ありがとう、村形さん。

その優しい言葉一つ一つが俺の空っぽだった心の器に注がれて満たされてくよ…。

「…ぅ…。」

また一瞬、意識が遠退いた。頭が重そうにカクンと後ろへ傾く。

「彰?本当に大丈夫なのか?」

「…ゴメン、村形さん…。寝不足で…、頭がグラグラする…。」

寝たフリしてほとんど起きてた。…というか、目を閉じても眠れなかった。

寝たとしても浅い眠りですぐに現実に引き戻されてしまって安らげなかった。

「寝ても…いい…?」

「当たり前だ。」

「起きたらいないとか…、ナシだから…ね…?」

返事も聞かずに俺は夢も見れないくらいに深い眠りについた。

 

続く

 

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