熱心な人
夏休み直前。俺は図書室でブラブラとしていた。
別に読書感想文がある訳じゃないから、本を探す必要なんてないけれど、
夏休みの宿題が今週で済みそうな程に少なかったから、その後の家事の合間の暇潰しに出来るような本を探していた。
ついでに料理の本があれば借りていくつもりだったりする。
まぁ…、男子校にそんな本があるのは少々変だろうがな。
…それにしても…、やはり夏休み前という事もあって、図書室はがら空き状態だな…。
いつもならカップルで賑うんだが…。
カニのように横歩きで本を探していると、誰かにドンとぶつかった。
「あ…、すいませ…」
目を向けた先には義父である譜面がこちらを向いて立っていた。
譜面は静かに俺を見つめて離さない。
俺も、その目に体が動けずにいた。
「…何か探しているのか…?」
譜面の問いに俺は慌てて答えた。
「あ、あぁ…。家事の合間に本を読もうかと…。
あと…、料理の本もあれば…。」
「…そうか…。」
譜面は本棚に目を向ける。
…そういえば…、譜面が準備室から出てくるのは結構珍しいな…。
いつもならシャーレと戯れてたり、変な薬品混ぜて変な生き物作ったりしてるんだが…。
「…譜面は何を探してるんだ?」
「…猫の本だ…。」
「猫の本…?」
…そんな本、この図書室にあっただろうか…?
が、そんな疑問はすぐに吹き飛んだ。
俺が視線を向けた先にその本があったから。
「…その本って…、あれじゃないか…?」
『サルも勉強になる!猫○(まる)分かりブック』
…何であんな本が高等学校の図書室にあるんだ…?
どう見てもあれは小中学生向けの本だろ…?
「…あぁ…、コレだ…。」
本の存在に何の疑問も持たずに、譜面はその本を手にした。
「…で、何で猫の本を探してたんだ?」
譜面はさらりと答えた。
「…シャーレを更に猫に近付けようと思ってな…。」
「…シャーレを更に猫に…?」
譜面は「あぁ」と頷く。
「あの色と肌では来客が疑問を持ってしまうだろう…?
猫にある毛、ヒゲ、鼻をシャーレに付けようと思ってな…。その方が俺も飼い易い…。」
来客…って…、いるのか?(失礼)
というか…、主人の都合で改造されるなんて…、シャーレも苦労するな…。
「…それで…、お前の探す本は見つかったのか…?」
「あ…」
まだだった…;;
譜面は苦笑し、
「…本を見つけてもらった礼だ。…一緒に探してやろう…。」
と言って別の本棚へ向かった。
そして、俺は俺で本を探すのだった。
『フリー・マジック -明け方の幻影-』…、『ある時の珈琲館の風景』…、『願望切断』…、どれも俺が読んだ本ばかり…。
案外見つからないものだな…。
そろそろ休憩しようと机へ向かった時だった。
譜面が俺の名前を呼んだ。
「こちらへ来い」と手招きする。
「…この本は…、まだお前は読んだ事が無かったな…?」
譜面が手にしていた本は…、猫の本だった。
だが、その猫の本は小説で、タイトルも『幸福のミルクを一滴』というまとものなものだ。
「…テレビで少し見た事がある…。
何でも…独りぼっちの子猫と愛情を忘れた青年との交流の話だそうだ。
なかなか長い話だが…、家事の合間に読むには丁度良いんじゃないか…?」
俺はその灰青の表紙を見つめた。
…折角譜面が選んでくれた本だし…、俺もこの本は読んだ事が無いし…。
俺は散々悩んで決断した。
「…これを借りる。」
「…そうか…。」
俺は譜面と一緒にカウンターへ向かった。
今日は珍しく譜面と一緒に帰った。
その帰り道、譜面は俺に問いかけた。
「…料理の本は探さなくて良かったのか…?」
「あぁ…。料理のレパートリーは自分で言うのもなんだが、結構あるからな…。」
ドイツと日本のハーフだけあって、洋食と和食が特に得意なんだが。
譜面は暫く黙っていた。
そしてふと口を開いた。
「…久々にお前の作る味噌汁が飲みたくなったな…。」
今もまだ1人で住む俺。
譜面がまだ怖い訳ではない。
父さんや譜面と一緒にいると…、親離れ出来なくなってしまうから…。
父さんや譜面から注がれる愛に、依存してしまうかもしれないから…。
でも…、今日はそれが許されるような気がする…。
「分かった…。」
譜面はフッと笑って俺の顎を持つと、ふわりと唇を落とした。
俺は抵抗する事無く受け入れる。
夏休み直前。俺は既に大暑を感じていた。
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