『独奏者(ソリスト)の物思い』
今日、部活をサボって美術室を覗いたら、ネットは1人絵を描く事もせずボーっとしていた。
ボーっと明かりの無いオレンジに染まる教室に、ぐったりと椅子に座って時の流れに身を任せていた。
そして俺も、そんなネットが妙に色っぽく見えて、廊下からその姿を見つめていた。
「…っクシュっ!!」
長い間廊下に突っ立っていたからか、大きなくしゃみをしてしまった。
フッとネットがこっちを向いた。
そして席を立ち、こちらへ近づき、美術室の戸を開けた。
「…居るなら居ると言ってくれ…。」
いつも気配で俺が居る事に気付くネット。
でも今日は気付かなかったようだ。
「…中に入って待ってろ。…ストーブをつける…。」
そう言ってネットはストーブのスイッチを入れた。
灯油の臭いが教室に満ちる。
温度調節を済ませるとネットは再び椅子に座った。
俺はネットの正面に座る。
「…また…サボったんだな…。」
「へへ…、まぁね;;だってホラ、一緒に帰りたいし。」
「…そうか…。」
今日のネットはいつもみたいに笑わなかった。
話は聞いてるみたいだけど頭に入っていないような感じだった。
冬は陽が傾くのが早い。
明かりの無い教室が大分暗くなってきた。
俺は少し席を離れ、教室の明かりをつけた。
パッと白い蛍光灯の光が教室を照らす。
ネットは相変わらずボーっとしている。
痺れを切らした俺はネットに思い切って聞いてみた。
「ネット、悩み事でもあるんだろ?ボーっとしてばかりいたって解決しないんだからさ、俺に言えよ。な?」
ネットはぼんやりと上を向いた。
眩しそうに目を細めて、ゆっくりと口を開いた。
「……お前は…父さんの事…好きか…?」
「え?」
少ししっかりした口調で、再びネットは俺に尋ねた。
「…父さんの事…、愛とかそういう意味で好きか…?」
俺は慌てた。
「ちょ…待てよ、何でそんな質問…」
遮るようにネットが更にしっかりした口調で言う。
「伸博、俺達はあと数ヶ月で卒業だ。…それまでにハッキリしたいんだ。お前が父さんの事を…、愛という意味で好きなのか…。」
少し辛そうな顔でネットは目を伏せた。
「俺は…、お前が父さんの事が好きなら、その幸せを願う…。
でも、もしお前が父さんの事を、そういう意味で好きになれないのなら…、…俺が…お前の事を好きになりたい…。」
…血は争えんとはこういう事だな…。
でも、何で2つの内1つしか選べないような質問をするんだ…?
別に2人好きになってもいいじゃんか…。
俺はネットに負けなくらいしっかりした口調で答えた。
「俺、2人が好きだ。1人しか選べないなんて嫌だ。」
「伸博…。」
驚いて俺を見たネットの大きな目は少し潤んでいた。
そして俺は照れ隠しに言葉を続けた。
「もちろん『like』の方じゃなくて『love』の方だからな!」
ネットは少し赤くなった目を細めて頷いた。
やっとネットが笑った…。
俺は席を立った。
「さっ、そろそろ帰ろ。もう外真っ暗だしさ。」
「あぁ…。」
俺とネットは美術室を出て鍵を戻しに職員室に向かった。
そしたらさっきまで話題に上っていた指揮が、
符音先生や東麻先生と雑談を交わしていた。
指揮は俺達に気付くとこっちに近付いてきた。
「お前等こんな時間まで残ってたのか?夜は物騒だからな、俺が車で送ってやるよ。」
アンタが1番身近な物騒な人だ;;
…とまぁ、その言葉は心の隅に置いといて、
「うん。ネットと外で待ってるから。」
と答えておいた。
こんなやりとりがあと数ヶ月で終わるなんて寂しいな…。
俺はそんな沈みかけた気持ちを振り払おうと、ギュッとネットの手を強く握った。
E N D
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